飴坊と黒糸蜻蛉
黒糸蜻蛉は糸蜻蛉の仲間としては小さく27mm~37mm程。写真のように飴坊(アメンボ)よりもやや大きい程度で、蜻蛉が休んでいるところに、餌と間違えたアメンボが近づいてきた瞬間で、この数秒後には立ち去って行った。
アメンボは肉食で、水面に浮かぶ小動物や死骸を見つけると、針のように尖った口を刺して消化液を注ぎ、溶けて液状になったもの吸う(体外消化)という。
黒糸蜻蛉は糸蜻蛉の仲間としては小さく27mm~37mm程。写真のように飴坊(アメンボ)よりもやや大きい程度で、蜻蛉が休んでいるところに、餌と間違えたアメンボが近づいてきた瞬間で、この数秒後には立ち去って行った。
アメンボは肉食で、水面に浮かぶ小動物や死骸を見つけると、針のように尖った口を刺して消化液を注ぎ、溶けて液状になったもの吸う(体外消化)という。
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コメント
自然=美 ととらえる向きもありますが、もしそうなら、この写真が暗示していることも「美」なのでしょう。ちなみに、nature という語には「本性」という意味もありますね。
自然を対象にした夾雑物を排除した写真をみて「あっ、いいなあ。きれいだなあ」と思うこともありますが、自分では撮りたくてもなかなか撮れません。そういう写真を撮れる人が羨ましいくらいです。わが孫が撮った、餌の魚を飲み込むアオサギの写真は、「これも美だろう」と迫ってくるようでした。
TAXMAN様
コメントありがとうございます。
「美」の捉え方は個々それぞれの感性により千差万別の様な気がします。例えば美術の世界では有名な東京芸大の日本画の教授は「生徒には教えませんなぜなら個性が破壊されてしまうから」と・・・。そういう意味では写真の世界の「美の表現」も同じではないかと思われます。
この写真は「美」というより「生」への感動で撮りました。