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ケンタッキー・フライド・チキンの創業者カーネル・サンダースに学ぶビジネスにおける不屈の魂!

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神奈川県川崎市補助金申請専門の行政書士 土田経営事務所 補助金、助成金、行政書士の解説記事置き場
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2025年4月10日 10:12
カーネル・サンダースことハーランド・デイヴィッド・サンダーズは、アメリカ合衆国の実業家で、ケンタッキーフライドチキン(KFC)の創業者です。現在では本名よりも愛称のカーネル・サンダース(Colonel Sanders)で知られています。

実はカーネル・サンダースがケンタッキーフライドチキン(以下、KFC)を正式に立ち上げたのは65歳のときで晩年から大きな活動を行うようになりました。普通ならば引退してもおかしくない年齢でしたが65歳の高齢者(日本では定年退職等で仕事を引退する年齢)という状況から世界的規模のフランチャイズチェーン展開を行いました。

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元々カーネルは事業を行っておりましたが、31歳の時に起業したガスライトの製造会社が同じ時期に電気ライトが登場し、カーネルはそのライバルに押され、全財産を失ってしまいます。そして、2回目に起業したサービス・ステーション(今のガソリンスタンド)の経営でこれまでの経験と知恵をフルに活かします。窓拭きサービスに加え、ラジエーターに水を入れ、タイヤの空気を点検し、少ないようだったら無料で空気を入れて、最後に車内のマットの泥を掃除する。当時そんなサービスを提供するサービス・ステーションは稀だったためすぐに話題となり、多くの顧客を獲得します。まさに、現在のガソリンスタンドの原型にあたるようなサービス内容です。しかし、順調に見えたカーネルの事業ですが大きな社会の波に打ち勝つことが出来ず、この時期に発生した世界恐慌(1929年にアメリカで株価が大暴落したことをきっかけに世界中に広がった経済危機です。世界史上最大の恐慌とも呼ばれ、20世紀で最も深刻な不況とも言われております。)の煽りを受けて事業がうまくいかず、2回目の起業も事業を閉鎖することになりました。

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元々、カーネルのサービス・ステーションは好評であったためにスポンサーとして石油会社が出資して、またもサービス・ステーションの事業を行うことになりますが、ここで今のケンタッキー・フライド・チキンの原型とも言えるレストラン事業に初めて取り組みます。理由はサービス・ステーションの近所に良いお店が無かったために、「それならば、この場所でレストランをオープンしてみるか」ということでレストランをオープンさせます。今でこそ、ガソリンスタンドにスターバックスやドトールが併設されているガソリンスタンドもありますが、当時としては非常に画期的なシステムで食事も車のガソリンも同時に用事を足せるというジナジー効果によって、カーネルのサービス・ステーションは大きく発展することになりました。ちなみに、このようなシナジー効果は昨今の補助金申請でも重要視されている部分です。

ここで、カーネルはさらに店舗を広げ、好調のレストランを拡張しようと考えます。そこで提供したのがあの「フライドチキン」です。実にカーネル・サンダースが42歳になった時でした。カーネル・サンダースはその後にフライドチキンをさらに進化させて当時としては画期的な「圧力鍋」を使用して、改良に改良を重ねて秘伝のスパイスを調合し、現在の基本形となるフライドチキンが完成しました。
これで成功したカーネルでしたが、新たな道路が完成したことで、カーネルのレストランはドライブの主ルートからはずれ、客足が大幅に遠のいてしまいました。新しい道路の完成後、一年たっても事態は悪くなる一方でカーネルは二十年以上続けたレストランを泣く泣く売却することにします。税金の支払いのために借りた借金を返すとカーネルの手元には何も残らなかったそうです。65歳でまたもや3回目の無一文になりました。

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通常ならば、ここで事業を終わりにする人間が多い中、カーネルはここから実質4回目の起業を行うことになります。失意のなか、ある日料理人の友人にフライドチキンを振る舞いまったところ大好評で友人は「フライドチキンを自分の店のメニューに加えたい」とカーネルに提案し、「ケンタッキーフライドチキン」と後に命名して売り出します。これがいわゆるフランチャイズ第一号店の誕生です。同時にカーネルは、自分に唯一残されたのは、フライドチキンのレシピだということに気づきます。自動車にスパイスと圧力鍋を積みこんだカーネルは、車中で寝泊まりしながら全米のレストランにケンタッキーフライドチキンを売り込みました。そして1,010回目にしてようやく最初の契約が獲得できたのです。

こうしてカーネルの晩年はフランチャイズ事業を本格化させます。そして、皆様がご存知のように世界的なフランチャイズ企業へと成長することになりました。カーネルがフランチャイズ事業に本格的に取り組んだのはこのように65歳からになります。人生100年時代と言われるようになりましたが、まだまだ65歳からでもやれることは沢山あります。現在、カーネルのこだわりと想いとともに広まったKFC(ケンタッキー・フライド・チキン)は、世界150以上の国と地域に3万以上の店舗を構え、今日も皆様に笑顔を届けています。ちなみに、日本にも1972年、1978年、1980年の3度来日しており、ケンタッキー・フライド・チキンの店舗の普及、発展に寄与され、1980年に90歳でその生涯を終えました。

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