大雪渓登山
当時の登山は「夜行列車」で行くことが多く、早朝に目的の山に近い駅に着き、タクシーや朝一のバスで登山口まで行くことが多かった。登山口から大雪渓まではなだらかで広い山道で、大雪渓は滑り防止のため靴底にアイゼンを装着した。大雪渓を登りきると「お花畑」があり、様々な高山植物の花を見ることが出来た。ガス(霧状の雲)が出ており幽玄さ漂う花は撮れたのだが・・・・。
当時の登山は「夜行列車」で行くことが多く、早朝に目的の山に近い駅に着き、タクシーや朝一のバスで登山口まで行くことが多かった。登山口から大雪渓まではなだらかで広い山道で、大雪渓は滑り防止のため靴底にアイゼンを装着した。大雪渓を登りきると「お花畑」があり、様々な高山植物の花を見ることが出来た。ガス(霧状の雲)が出ており幽玄さ漂う花は撮れたのだが・・・・。
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コメント
日本人によるマナスル初登頂を機に、国内では「三人寄れば山岳会」と言われるほど
大変な登山ブームとなりましたね。私も負けじと高校以来、四季を通じてあちこちの
山を登らせて貰いました。もう65年以上も前からのことになります。
以来、ずーっと後の事(1960年代)ですが、白馬の大雪渓では落石の襲来で怖い思いを
した事があります。ファッション、登山用具や交通機関等々すっかり変わりましたですね。
今では浦島太郎の私です。この度の作品を拝見し、当時が懐かしく思い出されました。
S.K様、コメントありがとうございます。 この3点の画像はS.K様の南駒ケ岳、甲斐駒ヶ岳等を拝見し、現役時代に駒ケ根市出身の部下の事が思われ、若い時代の登山を思い出して投稿したものです。
確かに当時は登山ブームで、アルバイト学生時代に職場の先輩から誘われ「レクリェーション気分」で三つ峠に行ったのが最初で、その時に見た赤富士に登山の魅力にはまりました。更に、S.K様の過去写真の「一の倉沢」「八ヶ岳」「中央アルプス」や「海外の写真」などから、ついついバブル時代の海外旅行等の楽しかったことを思い出しています。