州浜、小田原の一升石。
風景

州浜、小田原の一升石。

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州浜(海に突き出た、州がある浜)に似せるため小田原で1個の石を米1升で買い取り庭園を造ったとされます。
1627年、朝廷と幕府の権力争いがあった時代に後水尾上皇の(上皇の)住まいとして
建立され、離宮は1854年京都の大火によって消失。そのあと上皇がいなかった為
離宮が修復されることなく、庭園のみが残っています。

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Exif情報

  • メーカー: NIKON CORPORATION
  • モデル: NIKON 1 S2
  • 撮影日: 2017/11/04 15:05:38
  • 焦点距離: 10mm
  • ISO感度: 200
  • 絞り値: f/7.1
  • 露出時間: 1/160 秒
  • 露出プログラム: 露出優先
  • ホワイト・バランス: マニュアル
  • 測光方式: 分割測光
  • フラッシュ: ストロボ発光せず
  • 撮影シーン・タイプ: 標準
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投稿者

コメント

  1. 後水尾天皇自身が君主であったために、上皇に退いたあと造らせたんでしょうか?
    それとも時の朝廷からの贈り物? どっちにしても贅沢なものですね〜
    小田原が選ばれたのも何か理由があるんでしょうか?
    疑問ばかりです・・・

  2. やす坊さん、コメントありがとうございます。

    形だけではなく
    権力者としての上皇だったんでしょうね(#^.^#)

    後水尾天皇は朝廷として激動です。
    紫衣事件や
    (朝廷が僧に位を授ける(檀家に権力があったんでしょうね)が
    禁中並公家諸法度で禁止されていたため、僧や所司代が処罰される)
    金杯事件で
    (官位もない春日局を朝廷に参内させた)
    朝廷(天皇)より幕府(征夷大将軍)が上位にあると
    号令した時期でした。

    不満に思った天皇が幕府に通達もなく職を譲渡し
    上皇(33歳)に就任し、
    朝廷を陰から動かしたそうです。

    京都御所に天皇なので
    その横に
    仙洞御所を造設しています。
    今でこそ中心部のみですが
    今現在の4~5倍の広さがあったみたいですね!(^^)!

    京都御所と仙洞御所は
    宮内庁と警察が常に警備?監視?での
    庭園の移動と鑑賞ですが、
    見る価値ありでなおかつ無料です、
    写真撮影okです。
    (一部予約必要)

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