秋の撮影会
【街なかの青鷺:その10】
青鷺はいったん奥に退いて、別の場所から再び舞台前面に出てきました。
・・・ここは駅前のバス停の横なので、
一人が撮っていると、すぐに人が集まってきて、撮影会になってしまうのでした^^。
(【街なかの青鷺】後半の【街なかの青鷺】編。後2枚です)
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Exif情報
- メーカー: CASIO COMPUTER CO.,LTD.
- モデル: EX-ZR500
- 撮影日: 2015/09/23 15:20:39
- 焦点距離: 8mm
- ISO感度: 80
- 絞り値: f/4.2
- 光源: 不明
- 露出時間: 1/400 秒
- 露出プログラム: ノーマル
- ホワイト・バランス: 自動
- 測光方式: 分割測光
- フラッシュ: ストロボ発光せず、強制非発光モード
- 撮影シーン・タイプ: 標準











































コメント
野鳥撮影ではつい本来の被写体に夢中になり、
回りの状況は言葉で伝えるだけになりがちです。
普段は近づくのが困難な野鳥撮影の中でアオサギ特有の光景ですが、
主役と同時に周辺状況を伝えるにはこれはいい方法ですね。
勉強になりました。
ありがとうございます。
なんと 何と 難と 驚きました動物園の様ではないですか。
環境に順応した野鳥こんな例外見たことありません驚愕です。
珍しいこと拝見しました、有難う御座います。
決まった動きをする顔のない人間を
アオサギが見ている。。。
顔のない人間=黒い影として
あらわしているようで
影絵劇を見ているようで
ユニークだと感じました(*^^*)
後半も楽しみです(∩´∀`)∩
KUSAMAKURAさん、仰るとおりアオサギは随分人を近寄らせてくれるので、
撮影会になってるところは何度も見かけていたんですよー。
だけど、これまでのトライは全部、没とせざるをえませんでした。
仰るとおりで、
>主役と同時に周辺状況を伝える
これが意外に難しいんですよね。
これまでは、人々の後姿越しに、主役と人々を狙っていたわけですが、
まず、人々を入れると主役の姿も小さくなる。
そもそも、
主役だけを狙っていた時から、位置もアングルも変えなくてはならなくて、
双方を狙える位置まで後退すると、大抵間に人が入ってきて主役が見えなくなる。
何とか両者を入れてみた時には、ただ両者を入れただけの写真になっている><。
この時も、さあ後退しなくては。と思って、
ふと見たら光と影が!
ラッキーでした^^。
周辺状況を伝える難しさをよく分っていて下さっての御言葉、
大変光栄で大変嬉しいです。
何時もありがとうございます^▽^
いやいやhelmetさん^o^;
本物の大自然に生きる動物や野鳥を撮りに行かれるhelmetさんと違って、
私は身近な場所でしか撮っていないので、
逆に、環境に順応した野鳥しか撮れていないというか・・・。
でも、そうですね。
撮るようになるまでは気づかなかった、こういう光景に気が付いて、
確かに、最初の頃は私も驚きました。
「都市の野鳥」というテーマに関心が出てきて、本を読んだりもしました。
こういう鳥たちを撮る時には「都市の野鳥」というテーマを意識するようにも
なりました。
この独特の距離感、ずっと撮りたい、お伝えしたいと思っていた一つでした。
お伝え出来たようで嬉しいです。何時もありがとうございます^▽^
おお、mjs2000さん!
アオサギからの視点は、考えていませんでした。
またもや「なるほど~」です゚∀゚!
そうですよね。
小さな四角い物を取り出しては決まった動作をする大小相似形の人間たち。
私は、「人間を恐れて逃げようとするかどうか」という観点でしか見ていませんでしたが、
幼鳥としては「何だこれは」という好奇心で見ていたのかもしれないですよね。
確かに、「何だこれは」と思って不思議じゃないですよね、あちらから見た姿は(笑笑笑・・・。
自分でも、人々の様子をお伝え出来たというだけでなくて、
何か不思議な面白いイメージになった気がしていたのですが、
自分ではうまく言葉をあてはめることができませんでした。
>顔のない人間=黒い影として
>あらわしているようで
>影絵劇を見ているようで
なるほどです!
斬新で嬉しい御言葉をありがとうございます^^ノ。
実は、この写真が後半の目玉でもあります。
前半の「捕食」エピソードで幕として、後半は没、というのが普通のパターンだったところを、
この一枚が気に入ったために、「別テーマの後半」なるものを継ぎはぎしてしまいました^^;
その後半もあと2枚。次回2枚まとめて投稿するつもりで準備中です。
御期待に添えるかどうかは「ムニャムニャ」ですが、
最後まで頑張りたいと思います!
何時もありがとうございます^^ノ!
「説明の不要な写真。写真を見れば全てが分かる」
この写真はまさにそんなところで、写真の1つの理想形ではないでしょうか?
1枚の写真の中により多くの要素を共存させる、これは1つの命題だと思いますが、おっしゃる通り「入れただけ」「共存しているだけ」で、調和の無い写真も多く出来上がってしまいますよね。
私は祭写真が専門ですが、先日遠征した福島市飯坂町でも、見ず知らずのアマチュアカメラマン?のおじさんに話し掛けられ、同じような話題になりました。
ある屋敷の軒先に、「御祭禮」と書かれた大きな提灯がぶら下がっていて、魅せられて撮っていた時のことで、「ここをバックに撮影した人の作品が、コンテストで入選したんだよ」と教えてくれたのですが、そこからおっしゃられているような話題になったのを思い出します。
各地の祭で撮った写真を見返してみると、例えば「神輿と山車が一緒に写っているけれど、何だかただ1枚に並んでいるだけだなぁ・・・」とか、思うことも今は良くあります。
コメント欄の文を読み返してみて、祭写真の場合は、周辺状況を意図的に入れる事で、「特定個人へのクローズアップ感を避ける、という利点も作れるかも」と、ヒントも頂きました。
被写体は違えど、いい勉強をさせてもらった気分です。
長々書いてしまいましたが、ありがとうございました。
おお、遠林健一郎さん!私も、なかなか撮れず、投稿もできていませんが、
群集やその営為を撮るのも好きではあるので、
「なるほど!」ですよー。
人々越しに神輿を撮る、建物を撮る、夕焼けを撮る。
あるいは、人々の代わりに物や花。ビル。
あるいは「越しに」とは限らない取り入れ方。
自分でも撮り方がマンネリ化しているような気がしていたので、
私もヒントを頂いた気がします゚∀゚。
先に書いた「ただ両者を入れただけの写真になっている」という言葉は、
普段の悩みがぽろっと出ただけのものなんですが、
実は、そんな悩みは正しいのか。というような臆する気持ちもありました。
悩んで取り組んでよい、取り組むべき課題だということを、教えていただきました゚∀゚。
>「説明の不要な写真。写真を見れば全てが分かる」
私も撮りたいと願っている、一つの理想です。
買いかぶりですが、理想に近づけたのだとしたら嬉しいです^▽^。
見たことのない祭りやそのシーンをエネルギッシュに撮られる遠林健一郎さんの作品、
楽しみにさせていただいております!
私の写真や言葉が、遠林ワールドを進化させるお役に立つのなら、
とっても光栄で、そして、とっても楽しみです^^ノ
こちらこそ、ヒントをいただき、勉強になりました。
示唆に満ちた内容の深い素晴らしい御言葉をありがとうございます^▽^!