感傷の黄昏時
黄昏時ってどーも感傷的になってしまいます。
日中照らしていた太陽が静かに地平線に沈み、やがて訪れる夕闇の世界を無意識のうちに感じるからなのでしょうか。
今日一日が何事もなく無事に終わった安心感と安堵。夕映えと寒さが感情に入り込み、「過ぎ去ってもう戻らない今日」と言う時間が名残惜しいと感じてしまいます。そして、希望と期待を明日へ繋ぎたいと思う一時が黄昏時なのでしょうね。
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Exif情報
- メーカー: NIKON CORPORATION
- モデル: NIKON D750
- 撮影日: 2023/12/14 15:29:31
- 焦点距離: 22mm
- ISO感度: 100
- 絞り値: f/5.0
- 光源: 不明
- 露出時間: 1/125 秒
- 露出プログラム: シャッター優先
- ホワイト・バランス: 自動
- 測光方式: 分割測光
- フラッシュ: ストロボ発光せず、強制非発光モード
- 撮影シーン・タイプ: 風景





















コメント
なるほど~。
前作「日没迫る」では、
手前のブレと遠景の静止の対比を狙われた意図が
私にはわからなかったのですが、
こちらの本文で「あっ、あれだー」と腑に落ちました。
取り返しがつかない、把握も出来ないスピードで流れ去る目の前の風景。
なのに、遠景は美しい光をまだ抱えていて、悠遠ですらあるゆったりとした変化。
ゆったりであっても変化しているので決して永遠ではない、束の間の永遠。
あの、哀しみでもなく安らぎでもなく、旅愁でも郷愁でもない思い。
光を失うにつれて、どんどん心象風景化していくような、あの時間帯のあの深淵。
よく知られた被写体を、周知された定型で撮るというのでなく、
自分が撮りたいと思う、定型化されていない被写体を撮る、というのは、
難しいですね。
ましてや、名前すらつけられていない被写体とくれば。
思い出させていただきました。
まだ定型化されていない、新しい試み。
ワクワクしています。
応援しています^^Y
有難うございます。
蘊蓄ある文章に、私の思いを新たにさせて頂きました。
感傷とはhanexさんが中段に述べられているような心情に触れる事で、
思い続くことなのかなとも感じました。
現実の場面を前にして、「感傷」と言う抽象的な言葉を定義付ける事(全くその必要は無いことかもしれませんが)は難しいですね。唯々その時の思いや感じたことを断片的で前後のつながりも薄いまま述べ差せて頂きました。
これからも色々試みてみたいと思います。
精神年齢を少しでも止めて置く為にも!
よろしくお願い致します。