手をたずさえて
画面左は、2010年に強風で倒れた大銀杏の、倒伏した樹幹部分を移植したもの。
右は、残った根からのヒコバエが育った、「後継樹」。
それぞれ親銀杏、子銀杏とも呼ばれて、絆や生命力の象徴として親しまれている、という
彼らの黄葉に、
私は初めてお目にかかることができました゚∀゚。
「親銀杏」も、こんなふうに黄葉するのですね。
それも、初めて知りました。
今年の台風続きで鎌倉界隈の大きな銀杏が軒並み無惨な姿になった中で、
背丈の小ささが幸いしたのでしょう、今が盛りの瑞々しい色づきを見せていました。
(明るさを触ったほかに、一人の人物の顔を隠し、切株を背景から目立たせるための
加工を加えています。)
タグ
Exif情報
- メーカー: OLYMPUS CORPORATION
- モデル: TG-5
- 撮影日: 2019/12/07 12:53:43
- 焦点距離: 11mm
- ISO感度: 100
- 絞り値: f/3.6
- 露出時間: 1/60 秒
- 露出プログラム: ノーマル
- 露光補正値: -0.3
- ホワイト・バランス: マニュアル
- 測光方式: スポット
- フラッシュ: ストロボ発光せず、強制非発光モード
- 撮影シーン・タイプ: 標準








































コメント
数あるhanexさんの作品の中でも、最も印象と記憶に残っているのが、
こちらの銀杏です。
2年前の「鶴岡八幡宮の若銀杏」、尚遡って1月の「1/8の初詣」でしたね。
歴史と生命力、そして自然の怖さを改めて思い起こしました。
種からではなく、ヒコバエからというところに逞しい生命力を感じたものです。
一方後継樹は前回から僅か2年の間にこれ程までに成長したんですね。
驚きました。
確か、この後継樹が将来は階段を覆いつくすのではと
コメントさせていただいたと記憶しておりますが、
そうなるのも決して杞憂ではありませんね。
年々成長していく若々しい命、希望の象徴にも思えました(^^♪
次回の作品の時にはどんな姿に・・・。期待しております。
将来は山門とのツーショット、なんてことにも
なりそうですね。
こちらの作品、アングルと構図が素晴らしいです!
おお、KUSAMAKURAさん、ありがとうございます。
こんなによく覚えていて下さったなんて!感激です゚▽゚。
同じ境内に立つ名もない銀杏にすら比べるべくもない、
小さな小さな「大銀杏」なわけですし、
フォトジェニックとはいえない被写体だろうと思いつつ、
気になって毎年撮りに行っている、これも定点撮影の一つになってしまいました^^。
ですが、
黄葉した姿についに初めてお目にかかってみたら、
思っていた以上に新鮮な印象で、感動があったんですよー。
それを何とか撮りたいと思いました。
アングルと構図、幾つか変えて50枚ぐらい撮った中で、
銀杏たちが一番大きく見える一枚かもしれません^^;
一番大きく見えるのが良いかどうかは自分でも疑義があって、
小ささと全体像が分かる、真正面からの写真のほうが良いか迷ったのですが、
大きく見えるこれが、一番細部も分かるということでもあるんですよね。
本当に、よくぞ成長してくれたものだと思います。
そして、この木を蘇らせた背景には、大勢の参拝者の応援があり、
この木をここまで蘇らせた経験が、
シロシダレをはじめとする先日の台風被害への対応をも可能にしたわけで、
これは銀杏だけではなく人の物語でもあるんですよね。
最終的に決め手となったのは、実は銀杏ではなくて人物でした。
タイトルの「手をたずさえて」は、
親銀杏と子銀杏の黄葉枝ぶりがそう見えたところに、
しめ縄が、両者を結ぶ絆に見えたところから発想したものなんですが、
だとしたら、人も手をたずさえてほしいじゃないですか。
だけど、背景に小さく入っている人物がまだしもそれっぽい写真というのが、
これしかなかったという^^;
(人物の細かい姿までは見えずにシャッターを押していたわけですが、
後で見ると、皆さん、なかなか手はつないでいないものですね、
「実は撮影していた」という方は多いけど^^;)
当方は銀杏の物語を知っているから、
ついつい思い入れして見てしまっているはずで、
それが独りよがりにならないか警戒しなくてはと思いつつ、
自分ではなかなか客観視ができないでいますーー;
私一人の独りよがりな思い入れ写真では終わらなかったようで、
とても嬉しいです。
励みになる御言葉をいつもありがとうございます^▽^。
銀杏の木の生命力、確かに確認しました、その力強さは樹木が持つ正に生命力なのですね。
今の弱っている私には途轍もなく元気を貰えました。
これからと言う生命力、元気を頂きました。
おお、helmetさん、ありがとうございます゚∀゚。
倒れた時は、幹の内部が空洞で弱ってたから倒れたんだろうと言われて、
生命力については、大きな疑問符がつけられる状態だったようなんですよね。
それが、右側は、残された根からのヒコバエ。
左側は、折れて倒れた幹部分の、いわば挿し木。
こういう部分が命を取り留めやすい大きさというのがあるらしくて、
その大きさに上部を切り詰めての挿し木だったと記憶しています。
いったんは、内部が空洞化してボロボロになった超高齢からの、
幼児の姿での蘇り。
生命の凄さっていうものを、私も改めて感じました゚∀゚。
そして、樹木自身の生きる力だけではなくて、
その生きる力を存分に発揮させるための、人の技の凄さというものも゚∀゚。
植物の医術も進んでるんですね。
いわんや、人の医術においてをや。
helmetさん、helmetさんの体の中の生命力を、
大事に育てていってやって下さい。
ここのところ寒暖の差がひどくて、
私もそれを医者に注意されたと思ったら、
実際に近所で救急車のサイレンが増えているように思います。
どうか、ご自愛のほどを!
大銀杏、人物の挿入に物語性を感じてしまいました。
親と子、一つの傘に入って助け合いながら
進んでいく。(下りではなく上り)
何かを感じられる写真は良いですよね(*´▽`*)。
mjs2000さん、
人物がいない瞬間も、待てば来ないでもない状況だったんですが、
人がいないのは自然じゃない、というか、寂しい、というか。
そう感じるのは、銀杏の物語には人も参加しているので、
そういう人物がほしいということだと気が付いたのはいいものの、
なかなか思ったような人物が入らなくて^^;
メインはあくまで銀杏なので銀杏のピントと構図第一に、
ちょっとでもそれらしい人物が来たような気がしたらシャッターを押したんですが、
全然らしくないシーンしか撮れなくて。
小さな子の手を引く母だと思っていたら、手をつないでいなかったり。
よく見えてないのに数撃ちゃ当たるだろうって、
人間までそんな狙い方をしてしまって、
これでいいのか、やっぱり悩みますね^^;
そうなんですよ、下りではなく上り!そこは、こだわりました。
今思えば、
銀杏の写真を撮っている方が多かったのは、
大勢の方が銀杏に関心を示していたということなんだから、
そういうシーンで絵を作ったほうが良かったかもしれないんですよね。
でも、それは、今の今になって思い当たったことで、
この時は、撮りたいイメージしか頭にありませんでしたーー;
何とか絵になったでしょうか。
とても嬉しいです。ありがとうございます^▽^