石塔たちのマンション
鎌倉と逗子をつなぐ名越切通しにある「まんだら堂やぐら群」。
これは、前の写真の右側に続く部分です。
石塔たちの住む小さな「やぐら」=「岩窟」は150基以上確認されているそうですが、
現在公開されているのは、この2枚の写真を撮った場所と、
その裏にある面の2箇所だけです。
タグ
Exif情報
- メーカー: CASIO COMPUTER CO.,LTD.
- モデル: EX-ZR500
- 撮影日: 2016/10/22 15:21:45
- 焦点距離: 15mm
- ISO感度: 400
- 絞り値: f/5.0
- 光源: 不明
- 露出時間: 1/100 秒
- 露出プログラム: ノーマル
- 露光補正値: -0.3
- ホワイト・バランス: 自動
- 測光方式: 分割測光
- フラッシュ: ストロボ発光せず、強制非発光モード
- 撮影シーン・タイプ: 標準


































コメント
さすがに日本の長い歴史の中を生き抜いてきた鎌倉ですね。
ひと時タイムスリップし、遠くに思いを馳せ想像を巡らせてくれますね。
まだ未公開部分の方が多いとか、どんな歴史が隠されているのでしょう。
どんなスケールなんでしょう。
こちらにも歴史の重みが伝わってきます。
おお、KUSAMAKURAさん、こちらにも嬉しい御言葉をありがとうございます^▽^。
鎌倉時代って、ドラマにもなったりして、よく分っている気になっていましたが、
足元からして、これですよ。
誰が誰を供養していたのかも、
供養の風習も意味自体も継承されなかったんですね。分らなくなってしまいました。
学校で歴史を教えられ、時代劇を見て、私たちが分っているつもりでいるほかの多くのことも、
本当はどれぐらい分っているんだろう、とも思ったことでした。
まだ、自分でどう撮るか見えていない未消化な被写体ですが、
御言葉に刺激と元気をいただいて、今日(11/23)も出かけてきました。
工事中だったりしたので、今日の分は投稿できるかどうか分りませんが、
また何回か通ってチャレンジしてみたいと思います。
何時もありがとうございます^▽^
その時代どんな社会だったのでしょうか 詳細に知ることは出来ませんが語るべもなく
只 漠然とした思いを馳せるのみです。
魂は永遠とも 善行をなした魂は成仏し 生まれ変わると 生まれた時から恵まれた子
貧困な環境の中に生まれる子 だから今世に於いて善行をなされと 仏教学者の言葉
頷けるものがあります 先祖を忍び敬う儀式はこのような遺跡として物語っているかのようですね。
helmetさん、こちらにも嬉しい御言葉をありがとうございます^▽^。
そういえば、この「曼荼羅堂」だけ見ていると、資料もなくて途方に暮れてしまいますが、
ここが現役だったと思われる鎌倉・室町時代というのは、
鎌倉に今あるお寺さんたちが建立された、
まさにそのラッシュの時代とも重なるんですよね。
そのお寺さんたちにも、明月院の上杉憲方の墓と思われる「やぐら」や、
長寿寺にある足利尊氏の「やぐら」など、
名の知られた方の「やぐら」が多数。
寺を興した方々の文書などを読むと、当時の人々の苦悩や信心の思いの一端は伺えます。
この「曼荼羅堂」も、
厚い信心の思いが、先祖を忍び敬い故人を悼み祈りたい思いと重なって、
生まれ営まれた場所であるという、
そのことだけは、間違いないのでしょう。
むしろ、後世の変化もなくその当時の思いだけが純粋な形で残った遺構
とも言えるのかもしれません。
あちこちの寺の「やぐら」参りをしてみたい、というまでには知識も想像も熟していませんが、
新しい目でこの「曼荼羅堂」を見てみることができそうな気がしてきました。
何時もありがとうございます^▽^
倒壊の恐れがあると云う事で、通行止めになったようですね~
ええっ、知らなかったです゚∀゚;;!?
ぐぐってみたところでは、
市のホームページで、まんだら堂は「現在公開中」になっていて、
今のところ、通行止めとは書いていませんでした。
ここを通る切通しは沢山あるので、
切通しの一つが通行止め、ということなのかもしれませんね。
そういえば、春の公開が始まったのでした。
なかなか出かけられる予定が立たず、アンテナも張ってなかったのですが、
気をつけてみます。
やまちゃんさん、
情報をありがとうございます゚▽゚;;
そして、沢山見て下さって、沢山の拍手をありがとうございます^▽^ノ