映す心
鎌倉・円覚寺。書院と方丈の北庭の心字池。
閉じた均整美になるアングルが私には見つからず、
「心は常に移ろって定まらず曖昧で不安定だというコンセプト」・・・
なわけがないから、
「世界に対して常に開かれているというコンセプト」なのか?
と考えてみましたが、
これも自分の心を見ていることになるのでしょうか^^;?
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Exif情報
- メーカー: Canon
- モデル: Canon IXY 600F
- 撮影日: 2014/11/29 16:26:08
- 焦点距離: 5mm
- ISO感度: 400
- 絞り値: f/3.0
- 露出時間: 1/20 秒
- 露光補正値: -0.3
- ホワイト・バランス: マニュアル
- 測光方式: 分割測光
- フラッシュ: ストロボ発光せず、強制非発光モード
- 撮影シーン・タイプ: 風景



















コメント
写真って自分のその時時の気持ちの在り方を写すのではないでしょうか?(^_^)ゞ
私はそんな気がします。
この写真は心穏やかで凛としている。って感じます。(^-^)
Hide’s eyeさん、
>写真って自分のその時時の気持ちの在り方を写すのではないでしょうか?(^_^)ゞ
私もそう思います。
だからこそ、写真は撮るのも面白いし、見るのも面白いんだろうなと^^。
私は庭園なるものに挑戦すること自体が初めてだったので、
撮ったこの時は、
どう撮ったらいいものか、そもそもこの庭園の設計思想って何なんだろうと悩み、
「心字池ってことは、心を表していることになるのか」―までは思ったんですが、
その場ではそこまででした。
本文を書いていて気づきましたが、
池が心を表すものならば、写真も正に然りなんですよね。
「心穏やかで凛としている」は私の姿からはかけ離れていますが、
言われてみれば、そういう姿がどこかにある気がしてあちこちにカメラを向けていたー
その求めていた姿が正にその姿だった気がします。
そんな気持ちが写真には表れていたのでしょうか゚∀゚?
自分では意識もできず言語化もできなかったところまで、
深く汲んで下さっての明晰な御言葉、
嬉しい驚きです。
ありがとうございます^▽^
ケンタロウ・jpさん、本当ですね。
円覚寺って、花や紅葉の名所としては、ネットでぐぐって出てくるわけでもなく、
こんなに見所の多い、雰囲気のあるお寺だとは知りませんでした。
紅葉に惹かれてきて禅の庭園に出くわして、
心の準備も出来ていないと慌てながら、禅ごっこして遊ばせても貰っちゃいました^^;
週末でも撮影にそう多くの時間を撮れないのが痛いところですが、
駅から近い円覚寺なら、チャンスを作れそうです。
ほかの季節にもぜひ来てみたいと思いました゚∀゚。
ずっと見て下さってありがとうございます。
励みになっています。嬉しいです^▽^