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万田坑
閲覧数、すごい数字。何回も見たいなら、拍手入れれば。
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Exif情報
- メーカー: RICOH IMAGING COMPANY, LTD.
- モデル: PENTAX K-70
- 撮影日: 2017/06/03 13:22:05
- 焦点距離: 23mm
- ISO感度: 400
- 絞り値: f/8.0
- 露出時間: 3/10 秒
- 露出プログラム: 露出優先
- 露光補正値: -0.3
- ホワイト・バランス: 自動
- 測光方式: 分割測光
- フラッシュ: ストロボ発光せず、強制非発光モード
- 撮影シーン・タイプ: 標準






























コメント
やす坊さん。
そうなんですよ。日本の近代化を支えてきた石炭。過酷な環境のなかで、男も女も真っ黒になりながら裸での作業だったようです。まさに世界の宝ですね!
万田坑の中って見学できるんですね。
人工物が風化していく虚しさ、赤錆びた金属部品やコンクリートの冷たさ。
そして、人が全くいない静けさ。
けれどもそこにうっすら感じる全盛期の生活臭と人間臭さ、昭和人の血と汗と涙。
南部藩も産金で栄えた歴史があるので、現在の岩手県~秋田県エリアには無数の鉱山跡があり、廃墟写真に魅せられていた時は、私も僻地によく通ってましたよ。
全盛期の鉱山の様子を知るご老人と話す機会がかつてあり、その方に聞いたところによると、岩手県でも各地の町から一攫千金を目指して出稼ぎ労働者が集まったそうです。
親兄弟、妻子を町に残して。
当然、落盤事故などが付きまとう命がけの仕事だけあって、支払われる給金も町で地道に働くより何倍も良かったそうで、鉱山夫は金遣いの荒い傾向があったのだとか。
ヤマを下りると豪遊三昧の男たちを幾度となく見た、と言ってました。
実際、鉱山夫はモテたそうです(笑)
石油に取って代わられると鉱山経営はひっ迫、多くが廃鉱になり、失業者もたくさん出たそうで。
それでも、札ビラを切ってきた生活をそう簡単には変えられない。
だから鉱山でいい思いをした人は、その後の苦労が絶えない人も少なくなかったとか。
二種免取って、地道にタクシーの運ちゃんしたりとかそんな人もいたそうで。
あと、東北ということで言うと、隠れキリシタンのいい逃げ場でもあったようです。
鉱山内のルールさえ守っていれば、身の上もあまり詮索されなかったみたいですし。
思わず熱くなってしまいましたけど、五木寛之の「青春の門」も思い出されて、映画の中の菅原文太と松坂慶子が浮かんでくるようでした(全然リアルタイムではないんですけど、なぜかレンタルして見てて知ってました)
こういう写真を見ていると、また廃墟撮影に行きたくなってしまいそうです(笑)
遠林健一郎さん
歴史、廃墟写真お好きなんですね!
万田坑は、敷地内と建物の中見学できまして、入場した瞬間まるで、別世界でした。私も第一印象が、炭鉱マンたちの、喜び悲しみ数々の物語が浮かんでくるようでした。
温度30度。湿度90%で体中真っ黒になりながらの作業、施設内には、浴室も保存されてあり、そこでは、混浴だったとのこと。
長時間労働、セクハラ、ブラック企業が問題視される現在とは、やはり時代が、違いますね。
楽しくコメント読まさせて頂きました。ありがとうございます。
やす坊様
そうだったんですね。自分でも気が付きませんでした。
よく見ていただいて、ありがとうございます。
坑内のとある作業場 往時これらの道具が活躍し油まみれだったのでしょう。
石炭から石油へと国の政策により時代は大きく舵を切りました取り残された
石炭産業 万田抗世界遺産として 比べて北海道夕張〔財政再建団体〕へと転落
激しい凋落の時代だったのですね。 月が出た出た月が~出た三池炭鉱の上に出た~
歌い親しまれた炭坑節 歴史に埋もれてしまいました ここにある道具たち
今は何を思うのでしょう この道具達が沢山の思い出を語ってくれました。
見事な作品ですね。 有難う御座いました。
helmet様
ここを訪れまして、見学の皆さん外の建物を主に撮影されていましたが、私この作業場から見学した途端にとりつかれ、何枚も何枚も撮りまくりました。
この工具類が、いかにも汗が染み込んでいるかのような雰囲気を醸し出していたのです。
この類いの写真は、好みが別れるところでは、ありますがコメントを頂き、自分の感性に対して自信がつきました。ありがとうございます。
エネルギー事情が石油に代わるまで、日本の産業を支えたんですから テレビで炭鉱のようすを見るたびに当時のご苦労を思いますし、顏まで真っ黒になって働いた人たちに頭が下がります。
記念すべき100作品目に出会えたことをうれしく思います。